忙しいからといって人生が進んでいるわけではない

毎年、年末になると

 

「忙しくて、忙しくて・・・」という言葉を日常的に聞くが



はっきり言ってこの言葉、好きになれない





私自身は 数年前からこの「忙しい」という言葉を辞書から消した



つまり使うのを辞めたのだ



「忙しい」とは心が死んでいると書くのだから



オレは心を殺してまで生きたくないと



思ったのだ







「忙しさ」とはある意味、まやかしだからである



単に上が決めたシステムに働かされているだけの場合が多い


給料ボーナスというまやかしのニンジンにごまかされて動かされているだけだ



(それでも金は欲しい、というのが本音だろう・・・が、それは麻薬と同じで、一時しのぎに過ぎないと思う)



見ていてもっとも悲しいのは、単純に「忙しいことは良いことだ」と勘違いしている人があまりにも多いことだ


「忙しい」というとあたかも物事が進んでいるように思えるが

全然そんなことはない!



むしろ、物事の本質や自己を見失っている場合が多い


いや、今のあなたがわかっていて「忙しい」ならそれでもいい

何のために忙しいかその意味がわかっているならいい


みなさん、いい加減に、自分を見失い、ただ闇雲に忙しいだけの人生はもう終わりにしませんか?


せっかく不景気なのだから、ここで一気に本質に迫ることを

考えようではありませんか

人間は本来いつでも、どんなときでも

自分ペース(人間本来のペース)でしか進めないようになっている





それを無理やり進ませようとするなら必ず無理が出る



その無理がストレスや過重負担となり



要らぬ病気を引き起こす



我々のビジネスは心身の回復作業を



タイのパタヤーでしているに過ぎない


われわれはサイボーグではないのだから





何もわかっていないのにただ「忙しい」なら

それはあなたにとって無意味な「忙しさ」なのだ



それはあなたを害する「忙しさ」なのかもしれない・・・

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