支援は支配なり

”あらゆる意味で賃仕事は人を堕落させる”


とハワイ大学の精神免疫学のP・ピアソール博士は著書「悦び処方箋」の中で言っているが


人に報酬を渡して、その通り動いてもらうというのは、あらゆる意味で人を支配することの一歩なのだと思う


タイ・パタヤーの場合、ゴーゴーバーのお姉ちゃん、お兄ちゃん、タクシーの運転手、ホテルのベルボーイ、レストランのウェイター・ウェイトレスなど


報酬を期待して労働力を提供しているあらゆる人間にもこの言葉があてはまると思う


我々も例外ではない


南国で日本人相手にビジネスをしている我々もお客様からの報酬が頼りだ


人はすべて誰かに依存している


これは紛れもない事実であり、これを否定することはできない


と同時に、人はすべて平等であり


人が誰かを支配するようではいけない


パタヤーを訪れる客の中には


ときおり、金でタイ人の生活や人生を【支配】しようとする輩(やから)がいる


これは残念ながら事実である


【日本人にとって少しばかりの金は、タイ人にとっては大金となる】


経済格差を利用して


タイ人の人生を牛耳り、支配しようとする輩が少なからず存在するのである



いやいや、実は自分もそのひとりなのかもしれない


自社で雇っているドライバーに少し大目のチップを渡し


「明日も頑張ってくれよ!」と激励するのは


ドライバーに家族がおり、家のローンを返さねばならないことを知っているからだ


家を買ったり家族を持ったりしている従業員というのは宝物だ


いや、彼らの存在が宝物なのではなくて


いやでも企業に隷属してくれるという事実が宝物なのだ


経営者にとって有益な人材というのは


意のままに動いてくれる存在のことを言うのだ


決して客観的に見て仕事上有能な人物のことではない



ほとんどの経営者の考えというのは”従業員の暮らしが豊かになるのを見るのが喜び”といった崇高なものではなく


”彼らを意のままに操れるということ”


つまり、彼らを都合よく【支配】できるということが、最もすばらしいことなのだ


だいたい経営者の思想というのはそんなものだ


従業員の泣き所に目をつけた経営者は採用の際に


既婚者や金で動く者を意図的に探し


そして食事を与え、その人の人生のスケジュールをコントロールするのだ


これは植民地時代から同じで、かなり古典的な支配の方法である



さて、タイを訪れる旅行者のなかには


ごく無意識的に同様の支配をタイ人に対して行おうとする者もいる



日本での自分の収入が大したことないのにも関わらず惚れこんだタイ人の女(男)にわずかばかりの金をつぎ込み


”オレは彼(女)を助けている”と豪語している


とんでもない思い上がりだ!



彼(女)には毎回キチンとセックスをさせているくせに


彼(女)に賃金を支払っていると同じではないか


女(男)の子のほうだって労働の対価をいただいているだけだ


本当にその子を援助しているというならセックスなんてするな!


と言いたくなる


お前のようなモテない、しかも貧乏なサラリーマン
と寝てくれる相手
に感謝すべきであって


「援助している」なんてことを口にするのはおこがましいにもほどがある





かくいう私もそんな時期があった


だが、タイ人は決して意のままに動かない


そのことをこの5年でまざまざと見せつけられた


タイ人はそんなに単純ではない




人間はひとりでは生きられない


みんな誰かに頼って生きているんだ


だからタイ人を援助しているなどとは思わないほうがいい


その支援はもしかすると支配の第一歩なのかもしれないのだから・・・


助けてもらっているのはお前のほうかもしれないのに・・・

読者の皆さんへ、


体調にはくれぐれもご注意くださり


良いお年をお迎えください!

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