本当のリア充はひっそり暮らしている?

リア充という言葉そのものに胡散臭さを感じる私だが、いわゆるリア充という人々はどのように暮らしているのだろうか?

 

きょうはブログなどで見られるリア充の本当の姿に迫ってみたい。というかリア充を偽装している人ってどんな人?

などについて考えてみたい、と思う。

 

 

そもそもリア充というのは、ウィキペディアによれば、リアル(現実)の生活が充実している人間を指す2ちゃんねる発祥のインターネット造語だそうだ。

 

リア充というのは、現実生活がうまく行っている人(うまく行っている? 何を基準にそんなことを言っているのか、怪しいが)のことを指すらしいが

ネットやブログで書かれている事柄が、真実なのか、あるいは偽物なのか、

というのは外部からは非常に見分けにくいものである。特にブログの作者が海外に住んでいる場合は・・・

書かれていることが事実かどうかなど、調べようがないのである。(取り敢えず、信じるしかないのである)

 

というのは、昨今のネット世界では、それらしき写真はどこからでも拾ってこられるし、風景も食事もはたまた仲間たちも、それらしきものを簡単に偽装できるからである。フォトショップなら写真の加工もできるそうだから。

 

テレビドラマのセットではないが、あなたのリア充を演出するため、サポートしてくれる業者までいるそうだ。当然、金は取られるらしいが。

 

ところが、ブログなどで、正真正銘の本名や身分を明かしている人はどれくらいいるだろう?

(ブログを商売に利用している人は除く)

そんな人いるわけない!(この時代誰だってペンネームやニックネームを使うのだ)

 

 

ただ、私(ひでき)が在タイ15年間で観察してきた限り、次のようなことに相関関係があることがわかっている。(かなり長いので、お時間のある人だけお読みください)

 

◆◆◆本物のリア充はどう暮らしている?◆◆◆

◆本物のリア充はブログなど書かない、そもそも書く必要がない

◆本物のリア充は私生活・日常生活を公表したがらない(ひっそり暮らすことを望んでいる)

⇒なぜならそれで十分幸せだから

◆ブログを書いていても顔出ししない、写真をアップしない、出かけた観光地、良く行くレストランや高級な料理、自己所有物などを必要以上にアップしない

⇒芸能人とちがい顔出しして儲けようとは思っていないし、その必要もない

⇒自分の地位、身分、収入などを臭わせるようなことを書きたくないし、その必要もない(そもそも自分は小さき者だと思っている、そういう人に限って実の大物が多い)

結論として、本当のリア充は私生活を第三者にお知らせするつもりなどさらさらなく、その必要もない。むしろ、そういう行為を軽率または危険、愚か、価値なしと感じている。

本当のリア充は、世間の厳しさをわかっているし、生半可な人生を送ってきてはいないので、自分自身に厳しさと強さをもっている。いざとなったら実践で戦える強さも持ち合わせている。

さらに本当のリア充は、ブログで食べているわけでもないし、お金や人生に不満もない。健康であり、人間関係にも不満はない。ただ生きているだけで幸せだし、今生きていることそのものが幸せ、なのだ。

そういう人の周りには、自然と人が集まってくるし(カネで集まってくるタイの輩とはちがう)いつも明るい話題が渦巻いている。

現実生活が充実している、というのは、外見からは見分けがつきにくいものだが、いつ見ても楽しそうに振る舞っている人、ブログを書いていても、いつも楽しい記事や嫌味のない文章を書いている人は、きっとリア充なのだろう、と思う。

 

 

反対に、現実生活(リアルライフ)が充実していないリア充、つまり偽リアというのは、どういう人のことだろう。

 

最近、偽リアはこんな人だ、ということが分かってきた。

別の言い方をすれば、そういう人は【ある種の噓つき】であり、【絶対リア充ではない】ことが裏付け可能な面をもっている人である。

その見分け方について、過去の経験を含めて、自論を述べてゆきたい。(あくまでも自論であるので参考程度にとどめてください)

 

▲▲▲▲▲リア充を気取っていながら、実際うまく行ってない人(偽リア)の特徴▲▲▲▲▲

 

以下は、私(ひでき)が日本で暮らしていたとき、リア充を装いながら、実際にはまるでそうでなかった人間に遭遇した例であり、体験談である。

 

その人との経験こそが、それ以降の人生において、本物のリア充と偽リアを見分ける際の役に立った。

 

かつて日本で仕事をしていたときの話である。

それは職場の部下の女性の話だ。

(部下というより、後輩と言ったほうがいい。個人的には、あまり部下とか上司という言い方は好きではないので、後輩という言い方をしたい)

プライバシー保護のために、彼女の名前を、”理恵” とさせていただく。

後輩の理恵は、美形ながらも鼻っぱしが強く、物事に対してYES/NOを言えるような女性だった。

理恵はてきぱき仕事をこなし、上司や顧客に対して明るく素直に接し、会社への忠誠心も見せていたので、みんなから重宝がられた。たぶん、同僚としては、言うことなしの存在だったと思う。

大学時代に知り合ったハンサムな男性と結婚し、すでに一児(女児)をもうけ、保育園に通わせていた。従って、結婚後10年は経っていないが、数年経っていたはずだ。

理恵はときどき昼休みに同僚の女性たちと楽しそうに話していたが、その会話内容を拾い聞きした限りでは、公私共に本当に幸せそうであった。

ただ、理恵には、気になる一面もあった。

それは事あるごとに、特に昼休みや午後のティータイムに、【ハワイで挙式したときの写真】や【ハンサムな夫の学生時代の写真】などをやたら見せびらかす傾向があった。(特に悪いことではない、と当時は思っていた)

 

私(ひでき)はいまも昔もゲイなので、奥さんである理恵のウェディングドレスなどには興味は湧かなかったが、ご主人の写真には興味をそそられた。確かにご主人ハンサムで体型が良く、典型的なモテ型男性であった。

理恵によれば、彼女の夫は学生時代は空手部の主将であり、きりっとした顔立ちでありながらも甘いマスク、そして体育会系の均整のとれた体であった。

それより私は、彼女の旦那のトレーナー姿で撮った写真の、下半身のもっこりとしたふくらみのほうが気になっていた。旦那の写真は、ゲイのスケベ心をくすぐった。(失礼・・・)

 

一方、女子社員たちが、興味深々に見ていた写真は、ハワイの風景であり、理恵たちが結婚式を挙げたロイヤルハワイアンの建物であり、花嫁衣裳であり、スイートの部屋、部屋から見えるハワイの海であった。

「理恵ちゃん、幸せそう、すごいじゃない!」と女性たちは口々に歓喜の声をあげ、理恵自身も微笑んで「まあそれほどでも・・・」という顔をしていた。

 

そのとき、理恵は心の中で ”やったぜ!あたしは人生の成功者、あたしの人生バラ色よん!” と思っていたにちがいない。

そこまではどこでもある話であるし、それ自体は普通のことだと思う。

 

ところが・・・

それから数か月もしないうちに、上司の私のところへ理恵が走ってきた。

「ひでき先輩、ひでき先輩(私の職場はファーストネームで呼ぶ習慣があった)、ちょっとお話があるんですけど・・・」と彼女は深刻そうな顔をしていた。

会議室を開けてもらって、彼女の話を聞いた。真面目な彼女のこと、仕事上のミスでもしたのだろう、と思っていた。

 

「実はこれから部長のとこへ行こうと思うんですけど・・・」と前置きする理恵

「どうしたの、理恵ちゃん・・・」とびっくりした表情の私

「実は・・・」と彼女は打ち明け話を切り出した。

 

打ち明け話を要約すると、半年前から夫が浮気していることがわかり、証拠もつかんだそうだ。証拠を見せつけて責任を取ってもらおうと迫ると、夫は応じず、夫婦仲はこじれにこじれて、度重なる話し合いの結果、とうとう【離婚】することになったそうだ。

要するに彼女は離婚に伴う事務的な手続きについて質問したかったらしい。

よくよく聞けば・・・

そもそも彼女の夫は北海道の国会議員のドラ息子で、父親は地元の有力者だった。裕福な家庭に育ち、容姿端麗かつスタイルもよく、お坊ちゃま大学を出て、仕事もあらかじめポストが用意されたコネ入社だったらしい。なにより顔がイイからいつも女にちやほやされていた。何か問題を起こしても、パパという大きな後ろ盾もある。

そんな男がまともな家庭を築くとは思えないし、いい女が次々やってくるのに、毎晩黙って家に戻るはずはないのだが・・・。(ここまでは一般論)

 

「お気の毒だね。でも、理恵ちゃん、お子さんいるんでしょ、これからどうするの?」と聞く私(ひでき)

「引き取ります、アタシひとりで育てます」と理恵

「えっ、それじゃ仕事は、続けるの?」と私

「いままで通りです。ただ、苗字は旧姓に戻るかと・・・」と彼女

心の中では、働き手を失わずに済んだという会社都合の安堵もあったが、私の本心は違っていた・・・

”お前、私生活の自慢などしてたから、そうなったんだよ” という気持ちだった。(そのときオレは嫉妬してたのかな?いや、夫のほうに嫉妬していたのかもしれない)

実はこういったケースのことを勤め先では何件か目撃していた。

つまり、人というのは事件が起きる前に、その前触れとなるような行動をどこかで取っているのだ、それも無意識のうちに。

 

これで謎が解けた!

要するに偽リアには、共通した特徴がある、この特徴を見抜くことが出来れば、偽リアに振り回されなくて済む、と思ったのだ。

偽リアを見抜くことができれば、こういった面倒くさい連中とつき合わなくて済む、と思ったのだ。

 

以下は、ひできがまとめた偽リアの特徴である。

ご興味ある方はお読みいただきたい。

 

◆◆◆ひできが集めた、偽リアの特徴◆◆◆

偽リアのブログに共通している特徴は・・・

著名人、金持ち、セレブと繋がりがあることをほのめかす記事、高級ホテルやレストランの外観内装(自費ではまったく宿泊も食事も不可能だが)や料理や食事風景の画像アップ、高価な所持品の画像のアップ、女性男性に関わらず外見容姿の美しさを強調している画像アップ(ただし詐欺がばれるのを恐れて若いときの、もしくは別人のこともある)、不細工なら自己の顔出しはしないというかできないが何故かつきあってもいない美女美男の盗撮画像をアップしたりしている、高学歴、高収入であるもしくは過去にそうであったことをにおわせるような記述であり、

そういった記事がたびたび出ているなら注意することである。

(気がつけば、いつも同じ店、同じホテル、同じレストランで、しかも同じ連れと食事していることが多い)

 

さらに深く考察すれば、偽リアリア充のフリをするには、実はさまざまな理由があったのだ。

 

強いストレスの日々、好きな人から愛されていない孤独を感じている人生に目標がない生きがいがないやりたいことがない(セックスとか食欲とかは満たされていても)、信頼できる友人や家族がいない伴侶やパートナーと呼べる人が居ない、心許せる友達と呼べる人がいない(飲み友達や遊び友達はいっぱいいる)、容姿に引け目を感じている(もしくはコンプレックスのかたまり)、体型に不安がある(極端なデブとか)さらに深刻なのは、偽リアには過去に受けた精神的トラウマがあり、その欠損部分を補うための代償行為が絶対必要だということだ。

 

こうした人間が、ブログ配信などを通じて、さりげなく自分を価値ありと宣伝し、自己重要感を高め、自らはレベルの高い人間である、と触れ回ってゆくのだ(ブログの場合、特にご近所に住んでいるとかでなければ、事実関係を調べられる心配はない!それに最初っから本名なんか出してないし)

上記、理恵の場合も、実は結婚式の写真やハンサムな夫の写真を同僚に見せびらかす行為により、押し寄せてくる不安、孤独、焦燥感など無意識に解消しようとしていたのである。

 

皮肉なことに、理恵がハンサムな夫の写真を同僚に見せびらかしていた時期こそ、夫がほかの女性とせっせと浮気に励んでいた時期だったのである!!

 

理恵はそのとき、夫の心が自分から離れつつあることを意識下では感じていたが、それを素直に夫に相談する勇気はなかった。

もし、素直な気持ちを打ち明けて、夫のやっていることが事実と判明したなら、これまで築いてきた幸せはすべて崩れてしまうのだから。

彼女には、そのような行為が現実から逃れる手段だったという自覚はほとんどなかったのである。

 

とはいえ、悪いのは彼女であった。

そのような見栄虚栄心が彼女の失敗の元凶になったのだから。

 

そもそも彼女は夫を愛していたのではなく、夫の家族の名声、夫のハンサムな顔立ち、立派な肉体とそれからもたらされる性欲の満足を期待していたのかもしれない。

実は、外見が派手な男に限って、生活力も家庭を守る能力も無いことが多いのだが、そんなことには気づかず、己の欲望のまま突っ走って結婚まで押し切ったのであろう。

夫の本質を見抜けなかった彼女の愚かさというより欲の深さが彼女自身を裏切ったと判断できる。

 

自分はそこそこ美人で仕事もできる、夫もハンサム、家柄も問題なし、自分たちはハワイで結婚式を挙げたくらいのセレブ夫婦、そんな非の打ち所がない夫婦は離婚などするはずがない、と誤算していたのだ。見事な誤算だ。

 

 

話をタイに戻そう・・・

最近、タイに移住中で~すという軽いブログを書いている老若男女がたくさんいる。

一見羨ましくも見えるそういう人たちの生活だが、実は納税もしておらず、きちんと日本人としての義務(もしくは在住者としての義務)も果たしておらず、いわゆる居所定まらないプー太郎の場合が多い。

異国暮らしのつまらなさ寂しさから逃れるため、ブログを書いている例がほとんどである。

(寂しさを紛らわすためにブログを書くのは悪いことだと思わないが、問題はその内容である・・・)

ブログの内容が、南国での豪遊だろうが、女遊びだろうが、男遊びだろうが、そんなのは本人の勝手だが・・・

 

結局のところ、どこの国、どこの世界に行っても、絵に描いたようなバラ色の人生など存在しない。

だから海外暮らしの良い側面だけを切り取って毎日楽しい、楽しい」と書いている人間のブログには絶対嘘がある、と思ってしまうのだ。

 

タイも数年住めば、現実が見えてくる。

旅行者のときは気にならなかった犬の糞ごみの臭いが気になるようになってくる。

あれほど好きだったタイ人もすべてカネで動いてるのがわかってくる。

 

やがて気がつくのだ。

この世に楽園なんて存在しない、と。

すべてが綺麗ごとで済めば小説は生まれないのだ。

 

男女問わず、タイにおけるロングステイの限界は7年と言われている。

だからどんな人でも7年目くらいまでは、なんとか楽しく暮らせる。それがタイみたいだ。

しかし、そっから先は現実との闘いだ。このひどい現実とどう折り合いをつけて生きてゆくかが、タイに住み続けることができるかどうかを決める鍵となる。

 

もしあなたがタイ移住に興味をもっているなら、ブログの筆者にはメールなどではなく、直接会うことをお勧めする。

 

あなたにそれなりの経験と知恵があるなら、ブログの主に直接会って1時間も話せば、どのくらいの人物なのか、その人が嘘を言っているのか、真実を言っているのが、すぐわかるであろう。

単なるはったりか、本当にすごい人なのか。

約束を守る人なのか、破る人なのか。

ただの飲んだくれで、タイ女やタイ男にハマっているスケベおやじなのか、きちんと面会して話せば、すぐにわかるものだ。

 

もし、ブログで上記のような記事を書いているのなら、注意したほうがいい。それは間違いなく偽リアだから。

 

(異国での暮らしは楽しそうで、実際楽しいことも多い。行ったこともない国の名所やお店情報は役に立つ、と思っている人の考えは否定しない)

 

もしかすると、読者であるあなたは、そんなヤツの自慢話を信じ込まされ、いいね!ボタンを押すことにより、ブログ作者の地位や存在意義を高めるお手伝いをさせられているだけなのかもしれないんだよ。

それを忘れてはならない、と思う。

あなたの貴重な時間はそんなヤツのためにあるのか?

それともあなたは事実確認などどうでもよく、ただそのブログを暇つぶしに読んでるだけなのか?

よく考えてみたほうがいい。

 

最後の最後に・・・

かつての友人で、姉のように慕っていたブロガーのリアさんという女性について書きたい。

リアさんは屈託のない人で、表裏がなく、ひでき、ひできと良くしてくれた。本当に兄弟のように面倒みてくれた。

リアさんの夫はアメリカ人で外交官、ニューヨーク郊外に大きな自宅をもっていた。「外交官夫人ブログ」云々のタイトルでブログを書いていた。

リアさんはブログにたびたび個人生活を赤裸々に紹介していた。六本木で黒人に乱暴され、抵抗して怪我をさせ、警察に引っ張って行かれた等の武勇伝をさんざん聞かされた。

でも、彼女は本物のセレブだったから何の問題もなかった。私生活すべてをさらけ出していたが、そこには嫌味はなかった。それはそれはお見事だった。

だが、ある時からリアさんはぱったりブログを止めてしまった。

つまり、あるときすごく嫌気が差したんだそうだ。どれだけ誠実で楽しいブログを書いても、それを気にくわない連中がいるのだそうだ。嫉妬している連中というか影で羨ましいと思っている輩はどこにでもいるらしい。

 

彼女は、ある時、ブログを書いていて、突然、馬鹿らしくなったそれでブログをきっぱり辞めた、という。

 

要するに、私生活を日々、第三者に報告するような生活に疲れたのだ。

 

私なりに、海外でのブログ執筆生活を、最終的に結論すれば

 

そもそも我々の日常生活は、いちいち他人に報告するようなものではない!

そんなことを書いている人間は、目標がないか、寂しいだけだ

あんたは自身という芸能人の追っかけ記者ではないんだよ!

 

最近は若くしてタイに住んでいる人が多くなり、一体この人たちはどうやって生計を立てているのだろう、と思うことがよくある。

(現地企業に勤めているとか、リタイアビザを持ってる人などを除けば、合法的にタイに居られるのは、大学などの学校に通っているか、起業している経営者などである。逆に言えばそうでないのはみな裏口だ)

 

無駄なブログを書いたり、読んだりする暇があったら

もっと他人の役に立ったり、自分を高める趣味に没頭したり、精神が高揚するような音楽を聴いたり、体を鍛えたり、お金を貯めるためのビジネスをしたり

いろいろあるのではないか?

安酒飲んで、安価なセックスに溺れ、昼夜逆転した生活をするのも一時はいいだろう

でも、やがて、それが空しいと思う時がくるだろう

 

だって、

本当にリアルライフ(現実生活)が充実していたら

何を書いても書かなくても

自慢する必要はないし

十分幸せなのだから。

 

本日の結論

リア充のマネはやめよう

それは自殺行為そのものだ

偽装は誰を一番不幸にするのか?

お前自身を一番不幸にさせるのだ!!

 

そういうひできさんは、どうなの?リア充なの、それとも偽リア? と聞かれたらこう答えるようにしています。

「もし、あなたが目標をもって海外に出て、そこで合法的に起業し、きちんと納税し、決算書を上げ、会社を維持しているなら、日々の生活がどのようなものであるか、想像がつくでしょう。会社を経営する人間がそれほど暇ではないこともわかるでしょう。だから、あなたがどこの国で暮らしていようと、そういった経験がある人だけができる質問だと思いませんか?」と。

 

あなたのご意見をお聞かせください。

最後までお読みいただきありがとうございました。

パタヤー沈没組に生きる道はあるのか?(パタヤーなんてずーっと居る街じゃない)

あまりに侮蔑的な内容なので許してください!

と思ったが、このところ強く思うことがあったので思い切って書かせていただいた 

ずーっとパタヤーでバカンスしてるんじゃない!

パタヤーなんて長く居る街ではない

急な山を登りつめて頂上に腰をおろす旅人は、
ほっと一息いれるのが限りない喜びであるが、
もし永久にそうやって休息していろと無理じいされたら、
彼は幸福であるだろうか。

─ スタンダール ─ (『赤と黒』)

人の生き方、さまざまで、どんな風に生きてもいいのかもしれない

それこそ他人の人生に、口出しなんてできないものだが

 

きょうはあえて言わせてもらう

 

 

私(ひでき)自身を含め、正式な意味で、いわゆるリタイア年齢に達していないにも関わらず、パタヤーに長居している人間は多い、日本人も多い、特に男性である

 

パタヤーにおける長居とは、長患いのことであり、それが本来の病気ならまだ回復の見込みもあるのに、この病気にかかると治る手立てもなく、ただ漠然と日々を過ごすようになるのである

 

 

私はこれらの人々を【パタヤー沈没組】と呼んでいる

 

 

なぜ沈没かというと、文字通り、沈没するとは、船が海の底に沈むことであり

もう浮かんでくることが不可能な状態を言うのである

 

 

人間に当てはめれば、再起不能、精神が大きく損傷し、現実社会に復帰することができず、ずっと埋もれたままの人間

エンジン(動力源)が故障(破壊されて)してしまっているので、前へ進むこともできない

そんなどうしようもない状態にある人間を言うのである

 

 

沈没組とは特に30代後半から40代後半にかけての世代である

 

要するに働き盛りの年齢層である

 

 

学校を卒業して社会に入り、社会人をひと通り経験した人間なら、誰でもひと休みしたい、とは思うものだ

(それはわかる!いまの日本、閉塞感がいっぱいだものな、息苦しいと感じるのもわかる)

 

 

 

そんなとき「タイにでも行こうかな・・・」と考え、うっかりタイへ足を踏み入れてしてしまったのが運のつきというもの

 

たまたま訪れたパタヤーにハマってしまい、気がついたときにはリピーターになっていた、というのがよく聞くきっかけのストーリーである

 

 

 

リピーターになった、というと聞こえは良いが、要するに中毒になったのである

 

パタヤー中毒とは、それなしでは生きられない、という依存症のことであり、立派な心の病気である

 

 

いわゆる食欲や睡眠欲などの生理的欲求とちがい

それを止めたからといって死んでしまうわけではない

 

だが、たった数か月あるいは数週間、このパタヤーという麻薬から離れていると

禁断症状が出始め、居てもたっても居られなくなるのである

 

 

 

良識ある社会人は、それでもなんとか己を奮い立たせ

理性を総動員させて、この中毒症状を断ち切り、なんとかまともな社会人に戻ろうと日本へ帰ってゆく

だが、沈没組はそれでもタイに居続けるのだ

 

めでたく日本に戻れた社会人でさえ、パタヤーを恋しく思うらしい

 

 

そういう人は帰国後、2週間もしないうちに、あのパタヤーでの、怪しくも輝いていた時間を思い出したりする、のである

 

これを読んでいる読者がそのような気持ちに共感できるなら

タイ病の兆候があると言えよう

 

でも、あなたが日本に暮らしているのなら

まだ、沈没組ではない

 

あなたの経済的基盤は、日本にあるからだ

 

 

パタヤー沈没組とは、経済規模はおろか、その症状(禁断症状)を抑え込むことにも失敗し

日本での生活を捨てて

この混沌かつ、無秩序の、まるで悪魔が支配するような

南国のパタヤーに逃避してしまった輩(やから)のことである

 

 

最近目立って増えてきているのは、30代~40代後半と思しきプチおじさん風日本人である

 

おじさんのように見えて、意外と若い日本人

若そうに見えて、実はいい年してる日本人

どっちかと考えてよい

 

 

外見はどうでも良いのだが

彼らは一体、どうやって暮らしているのか

 

ある人は、日本で定期的にアルバイトに行くという

ある人は、バンコクのコールセンターで働いているという

ある人は、株や投資などで、ミニ収入がある、という

ある人は、早期退職金でももらったのだろう、お金が無くなったらそのときはそのときだ、という感じだ

 

最近、街を歩いていると、そういった若者風おじさんとおじさん風若者日本人を、見かけることが多い

それはゲイに限ったことではない

 

 

実は私(ひでき)もそう見られているのかもしれないのだが、事実年齢的にはもう若くない

パタヤーでは日本人もタイ人も

 

とうの昔に見かけなくなった人を、再び見かけることが多い(10年前とかよく見かけた人)

 

それで私はため息交じりに

”ああ、あの人まだ生きてるんだ”

”ああ、あの人まだパタヤーにいるんだ”

”あの人も私と同じ沈没組だな” 

と思うのだ

 

なぜ、パタヤーがそんなに居心地が良いのだ?

本当のことを言えば、パタヤーが居心地が良いのではなく、いまの日本が居心地が悪すぎるからなのである!!

 

 

 

私自身も日本社会で生きてきた日本人であるからそれはよくわかる

 

日本社会は厳しすぎる

給料は上がらない

いつも忙しい(忙しくないのが悪みたいだ)

休みは簡単に取れない(休みを取るのが悪みたいだ)

外から見ればおもてなしの国だが

内から見ればマニュアル対応してるだけ

 

街ゆく人々の視線は暗く冷たい

とくに独身男性には「なぜ結婚しないのか」視線が鋭く突き刺さる

冬はバカみたいに寒いくせに

夏は死ぬほど暑い

(この蒸し暑さ、なんとかならないものか、タイのほうがよっぽど涼しい)

と電車に飛び込む人の気持ちがわかるほどであった

(最近は夏と冬が異常に長く、春と秋が異常に短いと感じている)

ああこんな国生きていたくない!(と叫びたくなる気持ちは痛いほどわかる・・・)

 

 

さらにゲイという性指向を持っている者にとって将来はますます暗いものと感じられる

 

結婚圧力が無くなったと思えば、老いの恐怖におびえなくてはならないのだ

日本はまだまだシングルゲイが明るく生きていけるほどゲイに優しい社会にはなってない

 

これからどうやって、この厳しい日本で生きて行けばよいのか、と思ったとき

南国のあっけらかんとした空気は何よりの癒し剤なのである

とろけるようなタイでは何もかもが許されたような気分になるから不思議である

 

 

かつての私はいつも、宝くじを買っては

 

「このくじが当たったら絶対に海外に逃避してやる」

と思っていたくらいである。

だが、そう思っている人間にくじが当たることはない

 

 

 

結局、自分の場合・・・

7年間の裁判で得た賠償金と

20年働いて貯めたお金(ほんの少しだけど)

をもって船出するしかなかった

 

 

たくさんの起業ノウハウ本を読んで

日本脱出計画を立てた

世界7か国を漂流したが、結局、誰にも相手にされなかった

最後に行きついたのが、タイだった

 

 

自分にとって、タイと言えば、そもそも下から数えたほうが早いくらい嫌いな国だったが

 

 

ゲイを生かして、身を立てるなら

タイしかない、とも思っていた

(30年以上前からタイは日本人に人気だったけど

私にはまったく魅力的ではなかった)

 

 

 

だが実際、タイに来てみると

パタヤーでチンチンを起たせている日本人は多かったが

パタヤーでビジネスをして、身を立てている日本人はほとんどいなかった

 

さらに、あとで気がついたことだが・・・

パタヤーは金を稼げるような街ではなく

逆に金を使わされるような街だった

 

 

 

それでも、15年前からきょうに至るまでけんと私が生きてこられたのは奇跡だ

 

救いの神はお客様たちだった

お客様たちは本当に私たちを支えてくれた

 

私たちがいまパタヤーで暮らせているのは

これらのお客様たちのお蔭である

これには本当に心から感謝である!

ありがとうございます!

 

 

どこまでいってもバカな、ひでけんを精神的に励まし支えてくださったのもお客様たちであった。

 

一方で、パタヤーの魅力に取り付かれてしまった人々

パタヤー暮らしを夢見てしまった人々

のことを思うと、心は複雑である

 

 

いい年をした若者が

(ここでは30代、40代の日本人男性を指す)

 

昼間から酒を呑み、街をふらついて

身体を持て余しているのは

見ていてあんまり気持ちの良いものではない

 

 

 

「ひできさん、アンタ何様? 他人のことに口出ししないで!」

 

 

と怒られそうだが、あえて言わせてもらう

あんたの人生は、神様からもらったものだよ

男が好きでも、セックスが好きでも、ビーチが好きでも

なんでもいいけど・・・

 

生きてる時間を無駄にするなよ

パタヤーに住むのも結構

遊びまわるのも結構

男の子とやりまくるのも結構

 

でも、いつまでも逃げてるんじゃないよ

いい加減、自分と向き合えよ

 

それとひとりぼっちが嫌なら

自分以外の人間、たったひとりでいいから

その人を幸せにするために

何かやれよ!

 

やること見つからなかったら

それは帰れってことだよ!

 

人間、1か月もバカンスしてたら

飽きるもんだよ

 

パタヤーなんて、海だけで

ほかには何もない観光地だよ

 

そろそろ目覚めよ!(ある宗教団体のちらしではありません)

 

世の中には、素敵なことがいっぱいあるんだよ

パタヤーでだらだらしてるより

もっと素敵なことって

あるんじゃないかな?

パタヤーであくびばっかしててはダメだよ

 

それに・・・

世の中にはアンタの助けを求めてる人がいっぱいいるかもしれないんだよ

そういう人たちを助けに行く気はない?

そういう人たちの役に立ってはどう?

 

アンタは本当にここでいつまでも腐っていたいの?

 

アンタが素敵になりたいなら

そういった人間になればいいじゃん?

この辺で、自己憐憫に浸るのは辞めにしない?

 

そろそろ立ち直れよ!

 

アンタがちゃんと生きようとしてるんだったら

目を見ればわかるよ

 

そもそもアンタは価値ある人間じゃないの?

だったら、ぐずぐずするな

 

アンタに一秒だって無駄な時間はないんだよ!

早く行動しろ!

 

ここは旅行で来るから楽しいんだよ。

パタヤーなんてうんこの街だよ。

暮らすとこじゃない!

 

 

実際住んでいてこの街は、そんなに居心地が良いわけではない

海は良いが、空気は排ガスで淀んでいる

新しい車も走っているが、大半はポンコツのピックアップトラックが黒煙を上げて走っている

バイク(地元ではモーターサイという)はガンガン音を立てて

車と車の間をすり抜けていく

日曜でもないのに、家の周りでは、早朝から深夜まで

下手くそなカラオケバーがドンカンドンカン爆音を響かせている

まるでキチガイみたいな世界さ

こんなところで生き抜くなんて

よっぽどでないと無理、無理

 

もし、アンタがそれなりの覚悟して生きてるっていうなら

それを見せて欲しい、と

そう思ったよ

 

最後にもう一言

 

おいそこの沈没君!

いつまでも寝てるんじゃない!

目覚めよ!

(しつこいようだけど、宗教団体のちらしではありません)

 

もしお前が ”沈没組” って呼ばれたくないなら

起き上がれ!

 

 

以上はまったくもって

自分自身への言葉でした