売り専を買ってはいけないのか?その2

ひとり暮らしのわびしさは夏よりも冬に感じる


もう16年以上も前のことになるが、オレは会社からアパートには直行したくない代表選手だった




家にもどっても明かりはついていないし


部屋も冷たいままだからだ



そこには 


「お帰りなさい!寒かったでしょ?今晩はあなたの好きなビーフシチューよ」


などと言って出迎えてくれる可愛い奥さんの姿などなく


留守番電話をチェックすると「ゼロ件です」とのスピーカーが空しく叫んでいた





ペットも飼わず、熱帯魚すら飼わなかったオレには


ただし~と静まりかえった部屋だけがオレを待っていた




先月にはボーナスももらったし、少しポジションも上がった


でも、オレには、オレには


それを分かち合ってくれる相棒がいなかった




ああ、こんな生活が何年続くのだろう


そんなことを想って生活していた



やっと現われたかと思った世紀の恋人に


さんざん引っ掻き回されたあとに振られ


もうオレには幸運ってものは残ってないのかな


などと思う日々だった



だけど、まだ20代だったから


体は男を求めていた



あちこち漁りまくった


売り専も買いまくった




でも、金払ったあとに感じるのは


焦燥感、怒り、空しさ、孤独だった



孤独という永遠の課題はそのまま残っていた




一人暮らしのつらさを身に染みて感じるのは


元気なときではなく


【病気】のときだった




具合が悪くて寝ているときは


心も落ち込みやすい



昔、こんな詩があったな


【ボクはひとり、寝てもひとり、起きてもひとり、咳をしてもひとり】


まさにこのことだと思った




もう、売り専買うのはやめよう


そう思ったのは16年前だったろうか?




あれから半年、今のパートナー(ケン)に出会い、世界は変わった


人は自宅の花壇に咲いているバラには目もくれず


いつも遠くのバラ園に夢見ているというが



オレが求めていた美しいバラは


こんな近くにひっそりと咲いていたのだ





こんな自分に彼氏が出来たことが信じられないまま16年


ただただ幸福な日々が流れた



つきあって12年にして日本を後にし



世界を回り、
タイにまで来てしまった




今オレたちはパタヤーで同じように悩んでいる同胞のそばにいて


何かしたいと思っている




でも、お客さんにいきなり


「売り専買って幸せになった人はひとりもいないんです」


と【事実】を言っても通じない




しばらくはその空虚さ、欲望の愚かさ、やるせなさ


を経験してもらってから


痛いほど孤独を感じてもらってから


アドバイスするしかないと思っている


というか気づいてもらうのを待つしかない





転機とともに気づいてもらいたいと思っているのだ




売り専通いは悲しい


売り専は お帰りなさい とは言ってくれないし


温かいスープを用意して待っていてくれるわけでもない



もし、そんな売り専がいたとしたらら


それは売り専ではない



もし、自分が本当に彼氏を持ちたいと思っているのであれば



その人の悲しみを理解し、その人とともに歩む決意をせねばならない


自分が人間であると同時に相手も人間なのだ




人の悲しみに寄り添うことができないうちは


パートナーにめぐり合いことはないのだ