タイとタイ人に関する美しい誤解

他人様の庭先を借りて商売している人間として

タイとタイ人の悪口を叩くべきではない

ことは重々承知している

 

ただ、在タイが長くなるとタイ人というものに抱いていた感覚が実は誤解だということがわかり(つまりタイ人の化けの皮が剝がれ)それが幻想だということがわかってきたである

旅行者の場合はそのような幻想をもっていても良いが

彼らと共同体の一員として長く付き合うとなると

彼らのことを買いかぶるのではなく、冷静に把握しておいたほうが、トラブルに巻き込まれないし

心のわだかまりもなくつきあえるのではないかと思ってこれを書かせていただいた

付け加えればこれは決してタイ人批判ではなく、冷静になれという自分への戒めであり、日本から勝手に来てしまったゲイを、ここまで受け入れてくれているこの国の懐の深さにはいつも感謝しているということに違いはない

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1つの事柄を表現するのに、常に二通りの言い方があることを

みなさんはご存知だと思う

例えば、あの人は熱心だ、というのはポジティブな言い方であるが

裏を返せば、あの人はしつこい、粘着質だ、という言い方もできる

 

住み始めてから10年間はタイ人に対しては私たちも温かい目で見守ってきたが

15年も経つといよいよ許せないと思うときがあるのでこの15年間のうっ憤や怒りをここで小さく爆発させ

その本音を書かせていただきたいと思ったのである。

 

~~~タイとタイ人に関する美しい誤解~~~

「一般的な見方」⇒ 【事実】のように書きますね。

 

「タイはゲイに寛容な国」

⇒ 【とんでもない!!表面的にはそう見えるかもしれないが、LGBTに関する法律は事実、何一つ整備されていないし、結婚もできない、それでどうして寛容な国と言えるのだ?ただし、皮膚感覚では差別がないように思えるときもある、これは救いだ。】

 

「タイは物価が安い」

⇒ 【かつてはそうだったが、いまはまるで逆だ。ハイパーインフレ過ぎて、すべてのものが高く感じる。安いと言えるのは野菜、果物、交通費にマッサージくらい、おまけに工業製品はすべて質が悪くて、サービス精神などかけらもなく、日本とはすべて対極にある、と感じる】

 

「タイは気候が良い、暖かい」

⇒ 【暖かいのを通り越して、毎日暑い、とろけそう、暑すぎる!!たまには北極で暮らしたい!!】

 

「タイ人はいつも笑顔でいる」

⇒【ただヘラヘラしているだけ、何も考えていない、深刻に考えていないだけ。たまには悩めという感じ】

 

「タイ人は優しい」

⇒ 【何をもって優しいというのだ?全然優しくなんかない、ただ時間がたっぷりあるだけ、考えが浅いだけ、考えが鈍いだけ、急いで反応できないだけ。野良犬にエサをやるのが本当の優しさか?本当に動物を助けたいなら保護しろ。本当に優しいのならもっと地球を大事にしろ!水や資源、環境を大事にしろ、騒音を出すな!ゴミを出すな!タイ人はものすごい勢いで地球をぶっ壊している!これで優しいと言えるのか?】

 

 

「タイ人は思いやりがある」

⇒ 【カネが介在するとすごく親切になり、カネが切れると即座に他人扱いされる、世界でこれほどまでにカネと連動している民族を見たことがない。車を運転すれば我先と割り込み、強引に突っ込む、これで思いやりがあると言えるのか?】

 

 

「タイ人は素朴だ」

⇒ 【素朴なのではなく、末端までカネが回らないような仕組みになっているからいつまでも貧しいだけ。庶民に簡素にせざるを得ない。これは政府の責任。本当に素朴な民族があれだけ見栄っ張りなのも信じられない。売れないゴーゴーボーイでさえI-Phoneを持っているのは何故?】

 

 

「タイ人は可愛い」

⇒ 【ただ幼く見えるだけ、20代後半になるととたんに売れなくなる、30過ぎるとほぼ全員老けて見える、40過ぎるとなりふり構わず、50過ぎると立派な年寄り、それ以降はよぼよぼで歩いていない】

 

「タイ人は思いやりがある」

⇒ 【思いやりのある国民がどうしてあのような無謀な運転をするのだ?思いやりのある政府がどうしてここまで国民を貧しくさせるのだ?思いやりのあるタイ人がどうしてそこまでカネをせびる?思いやりのある両親が居ながら、どうしてここまで子どもたちがここまでほったらかしにされている?診療費を払えない患者を病院からポイ捨てる病院があるのはどうして?】

 

「親日国タイには日本企業がたくさん進出している」

⇒ 【もはや国内の生産拠点では利益を上げられないから労働力安価の東南アジアを選んだだけ。日本企業はタイの豊かさより企業の利益を考えている。タイに来たのは、東南アジアで古くから進出実績があるという理由だけ、最近はタイ人賃金も高騰しているのでついに隣国へシフトしているのが現状】

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とまあ、これ以上タイとタイ人の悪口を広めようものなら、タイ好きの皆様から「そんなにタイが嫌なら、日本に帰ったら良いのでは?」と言われてしまいそうなのでここで辞めておきます。

あえて弁解しますと【これだけ悪いことがあっても、なおタイに住み続けているというのは、タイがそれなりに暮らしやすい場所だから(特に精神的に)】ということであり

この混沌に満ちたタイが

【日本でいたたまれない思い+肩身の狭い思いをしていたゲイの私とケンジを受け入れてくれたことは極めて重要な事実なので】

そのことには感謝したいと思います。

このなんでもありの、とんでもタイランドに住んでいると

ありがたいことは当たり前と受け取るようになり

ありがたくないことには平気で文句を言うようになるのであります

本当に悲しいことですね。

反省しなければなりませんね。

 

もう一度、われわれ在住者は、なぜここにいるのか、どうしたいのか

と明確にして生きてゆくべきだと

痛感しております。

最後の最後に、穏やかなる癒しの大地、タイランドに感謝しつつ。

 

 

 

 

 

今こそ、パタヤにラーメン店を!

Pexels / Pixabay

モノのサービスと値段に関してはわからないことが多い

商品の値段は本来、こうあるべきだ という常識的かつ普遍的な概念が出来上がってしまっている場合、なかなかそれを翻すことができない。

日本のラーメンが良い例だと思う。

ある飲食関係の経営者が言っていたことだが、日本のラーメン業界には1000円の壁というのがあるらしい。

日本人の感覚として、ラーメンを豪華な食事と考える諸兄は極めて少ない。

やはり、飲んだ帰りにちょっと食べれれば良い、駅前でふらっと立ち寄れる店、そんな気軽な感覚がラーメン店にはあるのである。

 

日本ではたかがラーメン一杯、と思われがちだが、外国ではそうでもない。特に北米やヨーロッパの先進国で日本食レストランに入れば、ラーメンという名前がつくだけで、邦貨換算1500円~2,000円くらいするのだ。

ラーメンではなくお茶の話になるが・・・

あるフランス好きのお客様によれば、パリのシャンゼリゼ通りにある日本食レストランで緑茶を一杯頼めば、10ユーロくらい平気でするそうだ。

 

お茶一杯10ユーロ、1350円ということになる。

 

ヨーロッパへ行けば、緑茶(ジャパニーズグリーンティー)は高級品の扱いなのである!!

 

(考えてみれば、東京・青山のおしゃれなカフェでケーキセットでも頼めば平気で2,000円くらいするもんね)

 

ところが・・・日本ではラーメンは、たった一杯のラーメンとして扱われるのだ。

 

やっぱり、感覚としては、たかがラーメン一杯、なのである。

 

ラーメン=庶民の食い物 という感覚がどうしても抜けない。

 

なかにはラーメン屋(飲食業)で成功している事業家もいるが

そういった人たちはまとめて、ラーメン屋のオヤジと呼ばれてしまう(それでまったく問題はないのだが)

 

ああ、たかがラーメン一杯、そしてそれを提供してる人はたかがラーメン屋のオヤジなのである

日本国内においては、そう思われても仕方のない歴史というか風土がある。

 

私(ひでき)が子どもの頃、田舎町にあった食堂は、みんな中華料理だった。そこにはラーメン類を初めとする中華一式が揃っていた。

たまに、オムライスやスパゲティナポリタンという一見洋食に思える日本食を出している店もあった。

私(ひでき)が小学生のとき(40年前)、親友のたかし君と開店したばかりのラーメン屋に行ったが、そこで出していたしょうゆラーメン(いわゆる定番のらーめん)の値段は90円だった。

p750010 / Pixabay

うちのお客様でもある、税理士さんによると、いわゆる飲食店で利益を上げているのは、チェーン展開している有名店のみで、個人経営の飲食店はどこも喰っていくのが精一杯で、持ち出しも多く、決済が赤字すれすれ、もしくは赤字を積み上げているところが多いという。

それもそうだ、いまや日本の外食産業は価格破壊の危機どころではない、未曾有の大嵐に遭遇している。

昨年まで快進撃を続けていたチェーン店でさえ、今年は億単位の債務という現状は簡単に起きている。

業者にとって、移り気な消費者をどう惹きつけておくか、これは究極の課題である。

いやいや消費者なんてそもそも浮気者なのである!

あっちへふらふら、こっちへふらふら、それはどうしようもないことなのである。

かくいう自称グルメの私(ひでき)でさえ、あっちに美味しい店ができた、こっちに美味しい店ができた、となれば

浮気は悪いこと、なんて思いはちっとも抱かず、ほいほい新しい店に出かけてしまうのだから。

現代日本においてラーメン屋をやるなら、よほどうまくやらないと財を築くことなどできない。

 

こうして日本のラーメン業界にはいつも寒い風が吹いている。

 

ラーメン業界に革命を起こす人はいないのか?

 

 

一方、海外で日本食やラーメン店を開いた人には成功組が多い。

 

かつてニューヨークで複数店、日本食レストランをやっていたパタヤー在住のK氏は

タイミング良く9.11の前に店を売却し、たくさんの富を得た

そのお金でパタヤに引っ越し、アパートを一棟建て、タイ人の奥さんまでもらってしまった。

 

また、うちのお客さんでも、最もはぶりの良いお客さんは、米国南部で日本食レストランをやっている

 

いまや健康志向のアメリカでは、日本食は大人気!

レストランでの食事が高くつく米国では、うかつに安い食事を提供することができないらしい!

 

それがかえって追い風になっているようだ

 

 

外食ビジネスに限っては

あくまでも私(ひでき)個人の考えだが

日本食ビジネスは絶対に海外で展開すべきだと思う

 

特に日本に関心のあるアジア人が多く住む場所で

日本食を展開すべきだと思う

 

(東南アジアで飲食業を営むことがそんなに簡単ではないことも、私なりに知っていて申し上げるのだが)

 

その最たる理由は・・・

 

だってアジア人は日本のラーメンを愛しているから

彼らの愛するものを提供してやれば、食いつかないはずはない!

あとは工夫と努力だろう

 

ところで、タイだったら絶対にバンコクに出店すべきではない

 

なぜならバンコクにはすでにラーメン屋が十分過ぎるほどできてしまっているからだ

 

ラーメン屋が必要なのは、この ”パタヤー” なのだ!!

 

観光在住とも日本人がどんどん増えているパタヤーだが

もっとすごい勢いで増えているのは、ラーメンが好きになっちゃった【タイ人】と【西洋人】なのである

 

あと10年もすれば日本へ行ったことのないタイ人はいなくなるかもしれない!

それぐらいの勢いでタイ人へ日本へ出かけている

 

ということは、ラーメンはあと10年以内にタイで完全に市民権を得た食べ物になる、可能性は高い!!

 

 

先日、ジョムティエンビーチを散歩していたら

どっからみても欧米人と思しきおじさんに

「アナタ日本人ですか?この辺においしいラーメン屋サン、アリマセンカ?」

と聞かれた。

 

一瞬、耳を疑った。

あまりにも明瞭かつ度肝を抜く日本語での質問だった。

 

ひるまず・・・

「そうですね、ジョムティエンにはないですね。サウスパタヤーに行けば、日本食のFUJIにはあるかも?」

と答えたら、その白人さん

 

「それ、ホンモノ、ラーメンとちがいます」と言い

 

とっても悲しそうな顔をしていた

 

白人さんの日本語は恐ろしく流暢で、聞けば日本に十年以上住んでいたそうだ。

 

実は、私は日本にいたときから、ラーメンにはまっている白人を何人も知っていた

 

日本経験者だけでなく、日本食をこよなく愛している西洋人、アジア人は・・・

我々の想像以上に多いのだ!

 

 

海外でラーメン屋ないし日本食レストランを開こうと思っている人は

絶対にパタヤーをお勧めする!

ターゲットはもちろんタイ人だ!

それといまやパタヤーに来る白人もかなりの日本通だ!(見た目はホームレスみたいなのが多いけど)

 

 

なんなら私(ひでき)が出店を手伝ってあげます

必要なのはラーメンの知識や語学力ではありません

本当に必要なのは・・・

やる気、元気、勇気

この3つではないでしょうか?

 

みなさんはどう思われますか?

 

ご質問ご相談ございましたら、いつでもお気軽にお問い合わせください。