ヨーロッパ旅で感じたこと(南欧編)

このたび会社が15周年を迎えるにあたり、記念行事として南欧と北欧を視察する旅行をさせていただきました。タイ暮らしが長くなれば、この辺でアジアを少しお休みして、15年ぶりにヨーロッパを見てみたい、という気持ちになり、思い切って北欧のフィンランドと南欧のスペインを2週間かけて回ることにしました。

今回はその後半である南欧編をお送りします。南欧と言っても訪れたのは、スペイン一国のみで、訪れた都市は首都のマドリードとマジョルカ島の南東部にあるカラサンタニーという海岸リゾートです。

みなさんはスペインという国をご存知でしょうか?知っていたとしてどのような印象をお持ちでしょうか?情熱の国、闘牛、フラメンコ、アンダルシアの白い村、ガウディの建築、ピカソやダリの絵画、独立したがっているカタルーニャやバスク地方?

私自身がスペインに強く心を惹かれたのは、そういった観光の要素ではなく、19歳のときに初めて訪れたときに感じた、現地人(スペイン人)の 「いい加減さ、おおらかさ、陽気さ」などでした。

スペイン人に関してよく言われることですが、概してスペイン人はおしゃべり、人の話を聞かない、大雑把、欲望に正直、よく食べる、酔っぱらう、すぐ笑う、大声で話す、歌って踊るのが好き、喧嘩っ早いなど、ラテン気質で、どちらかというと同時期に旅行したイギリスやフランス、スイスなどの国民とかなり違った印象がありました。

ヨーロッパ人とひとくくりにできませんが、概して個人主義で落ち着いていて、もの静かで洗練されたイメージがあったので、初めてマドリードの街を歩いているとき、スペインの若者たちから声をかけられたときは衝撃でした。

「お前たちは日本(Japón)から来たのか?すごいな!やったぜ!」と数名が飛び上がり、ガッツポーズをするのを見たときはこの人たちに並々ならぬ親近感を感じたものでした。(もしかしたら、スペインの子どもたちは日本のアニメを見て育っているからなのかもしれません)

その当時は(今もそうですが)、日本人は背が小さく、顔が平べったく、ヨーロッパの先進国様から見ると劣って見えたのでしょう。馬鹿にされて当たり前の感じがありました。今もそうですが、全体に白人はアジア人を下にみているように感じるなか、スペインではむしろ日本人は歓迎されていたように感じました。当時の日本人でスペインばかり旅行する人間は少なかったでしたから。

そんななか、大きな親しみをもって地元の若者に迎えられたというのは、遠い遠い日本から来た人間にとって、とても心温まることだったのです。

それ以来、スペインを代表する料理、音楽、絵画、フラメンコ、スペイン語、闘牛あらゆるものに興味が湧いてしまい、こんな楽しい面白い国で、こんな面白い人たちと一緒にいたら楽しいだろうな、という思いを抱いてしまったのです。思えばそんなことがきっかけで、この国には深い愛着を感じしまったのです。

海外旅行がブームとなった1980年代前半、日本人にとってはフランスやイタリア、ドイツやイギリスといった良く知られた国々への旅行がゴールデンコースでしたが、私は周囲から「なんでスペインなの?食事がまずいのでは?つまらなそう?」と言われ、不思議がられながらも、毎年スペインに通うようになっていました。

しかし、40歳になって会社を辞めると海外旅行はできなくなりました。まして、日本を出て、海外で暮らし始め、タイで起業してからは、旅行どころではなくなってしまったんです。

タイに来てからは、大好きだったヨーロッパには15年も行くことができなくなってしまったのですから。

(スペインは大好きでしたから行けなくなったのは残念でしたが、もともと海外旅行が趣味だったわけではなく、ゲイとして清々しく生きることが目標だったので、後悔はありませんでした)

さて、15年ぶりに訪れたスペインの印象について申し上げる前に、マドリードとマジョルカ島で撮った写真をお見せしながら、思い出に浸りたいと思います。

 

どこでも空が青いのがスペイン(マドリード・スペイン中央銀行前)
太陽もまぶしい(マドリード・グランビア通り)
空が青過ぎる(グランビア通り)
不思議なもので19歳のときから訪欧のたびに訪れている王宮
マドリードの地下鉄は創業1919年(大正8年)と100年の歴史がある
地下鉄の駅も芸術的だ

 

緑が美しい通り

 

ファッション関係の店が続く
いまや無印良品は世界のどこにでもあるらしい(落書きが残念)
エル・コルテ・イングレス (El Corte Ingles S.A.)は、マドリードに本社を置くヨーロッパ最大、世界第4位の百貨店グループ
エル・コルテ・イングレス百貨店のカフェからマドリード市内を撮影
デパートの最上階は展望カフェになっている(本当は不倫の待ち合わせ場所になっている)
マドリードは古い街である

 

 

Zara Disigual H&M など日本でもお馴染みの洋品店がたくさん並ぶ通り
パタヤーほどゴミは落ちていない
あちこちに数え切れないほど教会が
バル(居酒屋)で飲む観光客(マドリード・バルコ通り)
最近のバル(居酒屋)にはカウンターに椅子が増えたように感じる
スペインにもたくさんの種類のビールがある(MORITZ、Mahou、Estrella Damm、Damm Lemon)
歩道が広く整備されているのが有難い(マドリード市内)
今やスペインでも人気の日本食品(マドリード市内のスーパー)
海苔も売られているとは(マドリード市内)
日本酒やお茶だって売られている(マドリード・エルコルテイングレスデパート食品売り場)

 

プラド美術館に比べ静かで穴場のティッセン=ボルネミッサ美術館
ティッセン美術館入口(マドリード市内)
どこもかしこも空が青い(夏のマドリードは毎日晴れているらしい)

 

ティッセン美術館内部(マドリード市内)
ピカソらしい
ティッセン美術館(マドリード市内)
ティッセン美術館(マドリード市内)
ティッセン美術館(マドリード市内)
おや、お仲間たち?(マドリード市内)
ゲイに優しいマドリードにはゲイバーもある
ゲイバー入口にある注意書き
年中無休のゲイバーらしい(マドリード市内)
だんだん石畳にも疲れてきたかな(マドリード市内)
生ハムやタパス料理を出すバル(居酒屋)1日中開いているのがうれしい
朝食から夕食まで何でも食べられるバル(居酒屋)

 

朝食はたいていチュロス(揚げ菓子)とカフェコンレチェ(カフェオーレ)

 

~~~~~さようならマドリード、これからマジョルカ島へ~~~~~

マドリード・バラハス空港(日本語の案内が見える)
バラハス空港ターミナル4(日本語が書いてあるのがわかりますか?)
美しく機能的なマドリード・バラハス空港(ターミナル4)
早朝のバラハス空港の喫茶店
ヨーロッパ域内やスペイン国内線は荷物をドロップして搭乗券をかざすだけ、とても簡単
バラハス空港のターミナル4、ここにも太陽がいっぱい
マジョルカ島はバレアレス諸島のなかで一番大きな島です

 

パルマ・デ・マジョルカ空港到着(ヨーロッパ中からバカンス客が訪れます)
マジョルカ島に着きました(なんか松島みたいだけど)
マジョルカ島南東部は美しい入り江がたくさん(こんな美しい海で泳げるんですから最高ですね)
この島ではひたすら泳ぐか読書をして過ごしました (Cala Llombard海岸)
年間300日以上が晴れというマジョルカ島、毎日晴れています
ホテルから見える景色(毎日こんな景色を見えて過ごしました)
仕事のことはすっかり忘れ
ひたすら泳いで昼寝し、夕食を食べる
ホテルのレストラン、絶景を見ながら毎日朝食と夕食ができます
マジョルカ島では基本二食付きの宿泊になります
地元料理のパエリアのほか、生ハム、チーズ、果物を飽きるほど食べさせていただきました
生ハムになる予定のイベリコ豚でしょうか
マジョルカ島は農産物の生産も盛んで自然豊かな島です
乾燥したこの土地はアーモンドの産地でもあります
夕食後もまだ明るいので近所を散歩
本当にどこを散歩しても美しい南欧
宿泊したホテル(ここに5泊しました、ちょっと熱海の温泉旅館みたい)

 

同ホテル(このあたりのホテルはどこも断崖のような場所にあるんです)
どこの海岸も底が見えるくらい透明度が高いです
パタヤーにはない海のきれいさです

 

その美しさに思わず飛び込んでしまいたくなります
どこも本当に蒼い地中海
もう十分に遊んだという感じです
だんだんパタヤーが恋しくなってきました
明日はマドリードに戻ります
マジョルカ島最後の夕陽です

 

夕方の散歩から戻りました
地中海は夜も美しく言葉が出ません
35歳から習っているスペイン語ですが、どうもうまく通じません(受付で明日空港へ行く交通手段を確認します)

 

さようならマジョルカ島(パルマデマジョルカ空港)
年寄りは新聞を読み、若者は携帯を見ます

 

さようならマジョルカ島(パルマデマジョルカ空港)
ヘルシンキ空港には意外とたくさんの日本人がいました(フィンエアーは東京、大阪、名古屋、福岡へ飛んでいます)
ヘルシンキ空港でフィンエアーのバンコク行きに乗り換えます
おっと、どこかで見たことのある飛行機(ヘルシンキ・バンター空港にて)
バンコクが見えてきました
スワンナプーム空港に着いちゃいました(帰路はヘルシンキからバンコクまで9時間ちょっとで来てしまいました、意外に近いヨーロッパ)

 

さて、15年ぶりに訪れたスペインの印象ですが・・・

極めて正直に申し上げますと、全体に【少しがっかり】でした。

古き良き時代のスペインらしさはすっかりなくなり、昔の泥臭さやいい加減さもなくなり、小ぎれいで、物価の高い、しかしあまりバカをしないスペイン人がそこにはいました。

いまはスペイン人は昔ほど大声で笑うこともなく、日本人が珍しいと言って声をかけてくることもありません。街中には南米や北アフリカからたくさんの移民が訪れ、人種混合という感じでした。

少ないと思われていたアジア人や黄色人種もいまや中国人のお陰で頻繁に見られるようになり、下手するとマドリードの街中で中国語の看板が見られます。

ユーロへの通貨統合は良い面ももたらしましたが、人々の生活がより苦しくなり、大量の難民はより国家の税負担を増やし、暴動やテロ、取り締まりや警戒、さらに厳重な空港でのセキュリティチェックなどを招きました。

グローバル化という言葉は響きは良いですが、世界どこへ行っても都市は似通って見えるという現象を生み出しました。ヨーロッパ中にマクドナルドやスターバックスができ、H&Mやらユニクロができてしまうと、都会にいる限り世界どこも同じように見えてしまうのです。

ヨーロッパから個性がなくなり、商店主と客は言葉を交わさなくなり、機械でお金をやり取りすることになり、会話が聞こえなくなり、ただ商品をもってレジに並ぶだけの買い物となり、二次元の世界にいるような感覚になりました。

わが祖国日本だって、便利になったけど、ふれあいというのはまったくなくなりました。コンビニの店員が売買以外の言葉をかけてくれることなんてあり得ませんからね。

子どもの頃のように個人商店のおかみさんが「あら、ひでちゃん、ずいぶんおしゃれしてるのね、きょうはどこかへお出かけ?」なんてことは言ってくれません。

思えばパタヤーも私たちが来た2004年当時に比べればものすごく変化したと思います。やしの木のホームページを立ち上げたときはインターネットはまだダイヤルアップでしたし、街全体でもATMは3台くらいしかなかったように思います。1バーツが2.5円くらいでしたらどれほど使ってもお金は残っている感じでした。

それがいまは1バーツが3.5円を軽く超えています。ショッピングセンターやデパートができ、日本食レストランも増え、お刺身や日本食品が簡単に手に入るようになりました。それはそれで有難いことなのですが、物価も上昇しました。いまやモノによっては日本より高いのではないでしょうか。

こうした変化には抵抗することができません。ずっとパタヤーをみてきた者として街の発展はうれしいことですが、失われたものも多いような気がします。

仕方ないですよね。

古き良き時代の日本を欲してもどこにもないように、古き良き時代のスペインなんてどこにもないんだ、って思いました。

街も、人も、景色も、【すべては変わる】それが地球の真実なのだ、と気づきました。

アジアにくらべれば、ヨーロッパは、変化のスピードが少しのんびりと感じましたが・・・。

【どこにいても、われわれは変化を恐れず、新しいモノを受け入れなければならない】

と思ったと同時に

【私たちの住んでいるパタヤーという土地はいつだって疲れた旅人を癒せるような街でなければならない】

と強く感じました。

これからは熱っぽいアジアで稼ぎ、静かなヨーロッパで休む時代となるのでしょうか。

最後までお読みいただきありがとうございました。

(ちょうど私たちがマジョルカ島に滞在していたとき、北海道厚真町で震度7の地震がありました。災害に遭われた地域の皆様へ心よりお見舞い申し上げますと同時に、被災地の一日も早い復興をパタヤーよりお祈りしいたしております)

ヨーロッパ旅で感じたこと(北欧編)

このたび会社が15周年を迎えるにあたり、記念行事として南欧と北欧を視察する旅行をさせていただきました。タイ暮らしが長くなれば、この辺でアジアを少しお休みして、15年ぶりにヨーロッパを見てみたい、という気持ちになり、思い切って北欧のフィンランドと南欧のスペインを2週間かけて回ることにしました。

それまで19歳のときから、ヨーロッパ各地は旅行していましたが、北欧にはったことがなかったので、あの白夜なるものを見たくて、またケンに白夜というものを見せたくて、ちょうど飛行機がフィンエアーだったので、行きも帰りもヘルシンキ(Helsinki)にストップオーバーし、夏の北欧とはどんなものか体験してみたかったのです。

南欧については、今回スペインだけでしたが、かつて15年前バレンシア地方に3カ月滞在していたこともあり、もう一度地中海を見てみたいという思いと、せめて1週間くらいは何もしないで、海辺でボーっとすごしたい、(普段パタヤーですごしているくせに)という思いがあったので、おもいきって9泊10日、うちマドリード4泊、残り5泊はマジョルカ(Mallorca)島の南東部にあるカラサンタニー(Cala Santanyi)という秘境の海岸に、5泊6日滞在することにしました。

まず、北欧編では、フィンランドに滞在し、感じたことを箇条書きのようにして書いてみました。

この感想は、フィンランド全土を旅行しての感想ではなく、行きに滞在したヘルシンキとその周辺地区、帰りに滞在したバンター地区(空港周辺)で感じたこと、特に東南アジアのタイ在住15年したところで、ヨーロッパを訪れた人間の感想、と思ってくだされば幸いです。

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~~~~~タイ在住日本人がフィンランドに行って感じたこと~~~~~

1)道路はすべて石畳、長く歩いていると疲れる。でもパタヤーのように陥没しておらず、ゴミも落ちておらず、臭いもしない(北欧は基本的に寒いのでゴミはあまり匂わない)

2)街のあちこちに教会があり、この国がヨーロッパのキリスト教国であることがわかる。これはタイの街々に仏教寺院があるのと同じ理屈か。でも、教会がたくさんあり過ぎてどれを見てよいのかわからない。有名な教会やユニークな建物の教会は中国人がいっぱいで見られたものではない。

ヘルシンキ大聖堂(正面ではなく左側から撮影)

 

3)到着時のヘルシンキ空港には大勢の中国人が入国審査の列に並んでいた。ああいまやどこもかしこも中国人なのだ。(それでも日本人はEU域内シェンゲン協定加盟国に入国する場合無査証90日まで入国可、中国人はビザOn Arrivalという許可が要るらしい)

 

4)北欧フィンランド人は、性格が暗く内向的で下を向いている人が多いと聞いたが、みんな優しく親切、という印象を受けた。大酒を飲んでバカ騒ぎをしているパタヤーにはみられない傾向である。

公園のカフェで寛ぐフィンランド人

5)英語教育がしっかりしているのか、フィンランド人は日本人から見ても完璧な英語を話すように見受けられた。こちらもタイとはまったく違う。国家が英語教育を重要視し、かつ実行しているからであろう。

ほとんどどこの店でも英語が通じる

6)公園や広場が美しく整備されており、摘みたくなるような花が一杯咲いていた。パタヤーには公園というものは存在しないに近く、雑草が花を咲かせている。フィンランドは税金は高いか、正しく使われているのだろう。パタヤーのように無駄に信号を増やしたりはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7)平日と週末では営業時間がまるで違う

スーパー、商店、百貨店、ホテルのレストランなど、平日と週末では営業時間がまったく違う。西洋社会ではそういうことは慣れっこだが、フィンランドにおいては24時間営業というのは警察と救急病院くらいしかなく、コンビニさえ見つけることが困難だ。

例えば、スーパーマーケットなどは、平日は午前9時~午後9時まで営業することはあって、土曜日は午前9時から午後6時までの営業時間となってしまう。日曜日などはさらに時間が短く午前10時から午後5時までという感じだ。土日だからこそ店を開けて集客するという発想はないらしい。

私たちが泊まったホテルも、朝食時間が平日は午前7時から午前9時半であったが、週末は午前8時から午前10時半であった。

パタヤーなら朝食は午前6時から午前11時くらいまでなのに

基本的に週末は仕事はしない、やむなくサービス業として仕事するとしても短時間、そういった労働者思いの政策なのである。また消費者のほうもそれをわかっており、週末は店が早く終了するということをわきまえているのである。

印象として、週末の営業時間が短いことによって生じる不便は最初から合意済みということである。日本式に解釈すれば、不便は承知のうえ、みんなで不便を分かち合っている、ということだ。

この辺は、便利さが一番、働けばカネになる、がつがつ働くことが美徳、とされている日本やアジアとはだいぶ違うように感じた

8)ベリー類、リンゴ、乳製品が豊富で安価

北欧旅の楽しみは豊富なベリー類がどこでも食べられることだろうか。日本やタイだとブルーベリーは高級品だが、ヘルシンキ市内の市場でもスーパーでも5ユーロ出せば山のようにベリー類が買える。

市場のフルーツ売り

それもそのはず、ここの気候はベリー類の生育にあっているようで、街中のあちこちでベリーやりんごの木を見かけた。これはちょっとぐらいもぎ取って食べてもよいのではと思ってしまった。

ブルーベリー(ヘルシンキ大学植物園で撮影)

リンゴと言えば個人的には日本のりんごが世界一美味しいと思っているが、ここフィンランドのりんごも負けていないと思った。タイでも最近は中国産、ニュージーランド産、米国産などで回っているがどれも食べられたものではない。

みずみずしいリンゴの木(シベリウス公園で撮影)

また写真は取り忘れたがスーパーには地元産の乳製品をはじめヨーロッパ中のチーズが楽しめ、そちらもほとんど5ユーロ以下でドッジボールのようなチーズが買えてしまう。

 

9)旅行者用のパスであらゆる交通機関や施設が安く便利に(国鉄、地下鉄、トラム、バス、フェリー)

ヘルシンキは日本の都市で言えば香川県の高松市くらいの人口だそうである。人口たかだか60万人の中規模都市においてそれほど交通機関は発達していなくとも良いと思うが、空港から市内までの鉄道のほか市内をくまなく網羅しているバス、路面電車、地下鉄などはありがたい存在である。

旅行者には便利な「デイ・チケット」というパスが販売されていて、購入時刻から1日券(24時間)、2日券(48時間)、3日券(72時間)~7日間くらいまで、それがほとんどすべての公共交通機関に使えるので便利である。

ほかにヘルシンキカードという交通機関乗り放題にプラスして、博物館や観光スポットが無料になるカードが出ているが、そんなにたくさんの観光地を回らない限り必要ないかと思った。

ヘルシンキ空港駅にて撮影(空港ターミナルの地下にある)
ヘルシンキ中央駅にて撮影(日本とちがい改札などはない、いつでも自由に入れる)
ヘルシンキ中央駅構内(照明がおしゃれ)
地下鉄駅の入口(ヘルシンキ大学駅にて撮影)
トラム停車場にて撮影(一般車道と兼用している)

 

10)驚くほどのキャッシュレス社会

フィンランドの人は現金を持ち歩かない、と言っても良いぐらい街中ではキャッシュレス社会である。あるテレビ番組でフィンランド人の何人かは腕にICチップを埋め込み必要なときはそれをレジにかざして会計をしているというが、片腕を差し出してお金を払っている人は見なかった。

日本やタイなどでは、露天商つまり屋台でカード類をやり取りしているのは見たことがないが、ヘルシンキの街中では、青空市場でも飲み屋でもどこでも市民がカードを差し出しているのをみかけた。それも1ユーロに満たない金額、例えば99セントでもカードOK!なので驚いた。

最近は日本やタイでもかなり多くの場所でカードが使えるようになったが、支払いの時、カードは一旦、店員に手渡すのが普通だが、フィンランドでは、必ずと言ってもよいほどカードで払おうとすると、カードマシンそのものをこちらに向けられ、店員から「ここにアンタのカード差し込んでね」という仕草をされる。

われわれ日本人の場合、クレジットカードを差し込むと、たいてい次のような動作が要求される。

1)まず請求金額が表示され、OK(緑ボタン)を押すと、暗証番号を要求される、

2)暗唱番号を押すと、JPY(日本円)で払うか、EUR(ユーロ)で払うか選択の画面となり、どちらかを押す

3)そのあと「Remove your card!」(決済終了、カードをお取りください)と表示されるので、マシンからカードを引き抜く

以上のステップを踏まされる。まごついていると店員が助けてくれるので心配はいらないが、このステップをすべて自分でやなければならない。

これまでのようにサインくれ、というのは少なくなったように思う。(購入品や購入金額にもよると思うが)

北米や他のヨーロッパ諸国に行ったことのある人ならこの決済方法に違和感は感じないと思うが、いまやフィンランドでは日常生活ではすべてカード決済と言ってもいいぐらいで、タイのような現金主義の国からフィンランドに来ると、現金をチャラチャラさせていると恥ずかしくも思えるのである。

駅構内の自販機でさえカート対応になっている
ビザかマスターが一番使える

 

以下、私が適当に選んだフィンランド画像です。フィンランドのイメージが湧きますように。

自転車は最もポピュラーでクリーンな移動手段(シベリウス公園)
この船でバルト三国のエストニアへ行けます(フェリー桟橋にて撮影)
フィンランドならどこにでもいるカモメ(かもめ食堂近く)
小さく見えるが実はでかいカモメ
スオメンリンナ島風景その1
スオメンリンナ島風景その2
コンサートを鑑賞する市民

 

ヘルシンキにもカラオケ店はあった
日曜日の晩はとても静か
さようならヘルシンキ、これから南欧へ移動します
中央駅にてヘルシンキ・バンター空港行きの時刻表を確認
ヘルシンキ・バンター空港(シェンゲン協定国間は出入国がないので便利)
フィンエアーのマドリード行きに搭乗(長距離線に比べ飛行機は小さい)
北欧フィンランドから南欧スペインまでは4時間半という長いフライト

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フィンランド滞在を終えて、思うこと

ざっくばらんな感想を申し上げれば、北欧のフィンランドはきれいで清潔、社会的なシステムも整備されており、生活しやすい国だと想像されました。人々は礼儀正しく、優しく、おとなしく、親切でほとんど日本人と変わりない感じです。税金が正しく使われており、市民もそれに満足しているような感じでした。さすがは国連調査の世界幸福度世界一の国だと思いました。

一方で、太陽と微笑みの国タイから来ますと、まず断然、日光が少ないように思いました。涼しいのは良いのですが、私たちタイ在住15年日本人の体には、真冬も同然の寒さでした。パタヤーでは1年中プールや海で泳げますが、そんなことはフィンランドではできません。意外にパタヤーには北欧人が多いのもうなづけました。

人々の幸福度が高いものの北欧は東欧南欧に比べて物価が高く、二人でレストランに入りランチでもすれば50ユーロ(6,600円)、気の利いたおしゃれなレストランでは100ユーロ(13,200円)見なければなりません。

その点、パタヤーでは物価上昇が激しいとはいえ、ひとりランチでせいぜい200バーツ(700円)もだせばお腹いっぱいになるでしょう。

単純比較はできませんが、北欧での食事は東南アジアの4倍から5倍と考えてよいでしょう。これはハワイや米国本土とアジアを比較しても同じ感覚かもしれません。

しかしながら、物価や税金が高い分、福祉も充実している、ありとあらゆる分野において、市民への適切なサポートがなされている、人間が人間として扱われている、というフィンランドの方式もすばらしいとは思いました。

いろいろ考えると、結局フィンランドもタイも、ないものとあるものが混在しており、両者を表面的なデータで、単純に比較することはとてもできない、と思いました。

 

私たちがタイに引っ越してからは、自分のやりたい仕事をしている、という思いがあったので、日本にいるときほどストレスも溜まることはなく、旅行は近隣のアジア諸国と日本の往復だけで十分幸せ、という感じでした。

でも、この東南アジアのタイ・パタヤーという場所に長く住んでいると、のんびり暮らせるのは良いのですが、いわゆるアジアの貧困や混沌、タイ人社会のどうしようもない現実を見せつけられ(・・・住んでれば当たり前ですが、地元の警察、税務署、入国管理局などの役所や権威、生身のタイ人の生活、それもその日の生活にも困っている夜の商売の子たちを見たり、そのような現実をまざまざと見せつけられ、現地在住日本人として、彼らとこれからどう渡り合ってゆくのか、というのを考えたとき

一瞬、この混沌としたアジアからしばらく離れたい、と強く願ったことも事実です。

アジアは大好きだし、自分の故郷と思っている。タイはあまり好きな国ではないが、少なくとも自分を頼ってきてくださっているお客様たちが喜ぶ顔を見て仕事をするのは幸せ、と思ってきました。

でも、彼らのどうしようもないその日暮らし、悪い意味でのマイペンライ精神=いつもどうにかなるさでうやむやにすること、正義に思いを馳せるのではなく、正義よりもお金に絡め取られてしまう姿勢、あとさき考えずどんどんモノを買ってしまう姿勢

政府(軍事政権)も警察(軍隊)も市民生活の安定や公共の福祉を願うのではなく、権力者への盲従や力による抑圧、職権利用による市民からの搾取と、その腐敗ぶりはスマイルでは隠せないほど醜く目を覆いたくなるほどだが、

旅行者や来たばかりの在住者に、「内情はこうなんですよ」と言っても「それがタイの良いところじゃないですか」と言って、返されてしまうのです。

長く住めば住むほど、良い面は当たり前と、嫌な面ばかりが目につくようになるのです。

結局、それは私たち在住者の、”心の問題” であり、もし、これからもこのタイもしくはパタヤーという土地に住み続けたいのであれば、どこかで折り合いをつけなければならないことなのです。

この世のどこにも、ユートピアはありません。

少年時代、アメリカはずっと自由の国と思ってきましたが、アメリカで暮らしている日本人から話を聞くと、古き良き時代のアメリカはどこかへ行ってしまい、いまや自由どころか、規制規制、テロ対策だの、犯罪だの、銃社会だの、人種差別だの、重税だの、とっても住みにくい国になってしまった、という話なので、

すべては変わるのだ、ということを思い知らされました。

 

ここで将来、タイ・パタヤーに移住したいと思っている人には、酷な話ですが、住む前には本当に慎重に、そしてよ~~~~~く考えてから住むべきだとアドバイスさせていただきたい、と思います。

このパタヤーという街が楽しくてしょうがない、もう本当に好きだ、という気持ちは真実ですし、尊いものだと思います。

でも、その気持ちというのは一過性のもの、まやかし、思い込み、である場合が多いものです。

どこも住めば都という言葉がありますが、美人は三日で飽きる、という言葉もあります。当初良く見えていたものも、時間が経てば本当の姿が見えてくる、というたとえです。

ここで暮らすということは、旅行者ではない限りは、やがて、いやおうなしに、見なくてはならない”現実”と向き合わなくてはならない、ということです。

このステップを経ずして、ここに暮らし続けることはできません。

特に若くして(30代、40代)でこちら(パタヤー)に暮らしたいと思っている人は、経済面のことはもちろん、将来の生活設計、健康、人間関係、友人や日本に残した家族との関係、自分に適した職業のこと、精神面のことをよく検討して移住する必要がある、と思います。

南国でなれの果てに高層マンションから飛び降り自殺した日本人、警察に捕まって投獄された日本人、女(男)から騙されてカネだけ取られた日本人、たくさん見てきました。

ブログなどには、”楽ちんタイ移住記” などを書いている人がいますが、誰だって聞きづらい話、はずかしい話は書きたくないもので、書かれていることだけがパタヤーの真実ではない、ということです。

そもそもその人とあなたは同じではありませんし、その人はあなたにタイの良い面だけ、楽しかったことだけを紹介しているだけかもしれません。

なんとかなるさ、というのは勇気のある言葉ではありますが、逆に決断ややるべきことを先送りした人間の末路、も忘れないでいただきたいと思います。

 

言ってみれば、今回の欧州旅行は、自分にそのような決意があるかどうか(今後タイという国とうまくやっていく覚悟ができるか)、を自問するための旅行でした。

 

次はヨーロッパ旅で感じたこと(南欧編)について書きたいと思います。

なかなかブログを書いている時間がないので、次の送信までご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いいたします。