エストニアは何でも安いのだから、きっと人力車だって安いに違いない、と思ってしまったのは私の大きな間違いであった。
そもそも彼らに観光ガイドを頼むのではなく、あそこに見える教会までの”超短距離”をお願いするのだから(歩ける距離)、乗車時間はせいぜい10分だろう
まあ大きく見積もって30ユーロ/台ってところだろうと思った。
隣にいたケンは、もったいないから歩いて行こう、天気も良いことだし、と反論したが、「たまにはいいじゃないか、上半期はお前も頑張ったんだから、ご褒美だ」と押し切った。
とはいえ、最初に値段を確認するのが慎重な日本人というもの。
それまで自分を用心深いと思ってきた私(ひでき)だが、旅先で気持ちが大きくなってしまい、またスケベ心にも負けてしまった。
私は車夫のなかでも、特に顔立ちが良いと思えるエストニア美男ならぬ ”イケメン車夫” に近寄っていき、値段を尋ねた。
するとエストニア美男は恥ずかしそうにこう答えた。
「向こうの教会までだと25ユーロかな、これ見て、書いてあるでしょう」と恥ずかしそうに答えた。
(このイケメン、恥ずかしそうにするところがまたイケメンだな、と思ってしまった)
座席後ろの料金表には、確かに25ユーロと書いてあった。
まあ、人力車観光にしては、悪くない値段だ、と思った。
すぐにそのエストニアのイケメン車夫にOKサインを出し
「じゃ、友達連れてくるから、ちょっと待っていてくれ」
と言って、ケンを連れて戻って来た。
われわれは異国でハンサムな白人青年が運転するガソリンを使わないタクシーの風を楽しんだ。
それからの5分くらいは、天国に昇るような気分であった。
青い空、美しい石畳、歴史ある街並みを、こうして彼氏を連れて旅行できるとは。
なんと幸せなことか・・・と思いながら。
徒歩の観光客を次々と追い越して行くのは、ちょっと殿様気分であり、爽快であった。
車夫との会話も、とても興味深かった。
「オレは日本人を乗せるのは初めてだ」とか
「エストニアはどんな印象だとか」
とか
「日本語でサンキューは何というのか」とか聞いてきて、会話も弾んでいた。
そしてあっという間に、人力車は旧市街の一番高い塔をもつ教会の前に辿り着いた。
イケメン車夫は、うれしそうな表情で、生まれて初めて乗せた日本人に「さあ、着きましたよ!」と言って降ろしてくれた。
そのすぐあとに、私は大きなトラブルに遭遇したのであった。
「ありがとう、楽しかったよ、いつか日本に来てね!」
と礼をしながら、25ユーロを渡すと、彼はすぐ物足りなさそうな顔をした。
ああ、チップが欲しいのだな(タイ人と一緒だな!)と思って、さらに5ユーロ渡そうとすると、違う違う、というジェスチャをする。