パタヤー沈没組に生きる道はあるのか?(パタヤーなんてずーっと居る街じゃない)

 

 

かつての私はいつも、宝くじを買っては

 

「このくじが当たったら絶対に海外に逃避してやる」

と思っていたくらいである。

だが、そう思っている人間にくじが当たることはない

 

 

 

結局、自分の場合・・・

7年間の裁判で得た賠償金と

20年働いて貯めたお金(ほんの少しだけど)

をもって船出するしかなかった

 

 

たくさんの起業ノウハウ本を読んで

日本脱出計画を立てた

世界7か国を漂流したが、結局、誰にも相手にされなかった

最後に行きついたのが、タイだった

 

 

自分にとって、タイと言えば、そもそも下から数えたほうが早いくらい嫌いな国だったが

 

 

ゲイを生かして、身を立てるなら

タイしかない、とも思っていた

(30年以上前からタイは日本人に人気だったけど

私にはまったく魅力的ではなかった)

 

 

 

だが実際、タイに来てみると

パタヤーでチンチンを起たせている日本人は多かったが

パタヤーでビジネスをして、身を立てている日本人はほとんどいなかった

 

さらに、あとで気がついたことだが・・・

パタヤーは金を稼げるような街ではなく

逆に金を使わされるような街だった

 

 

 

それでも、15年前からきょうに至るまでけんと私が生きてこられたのは奇跡だ

 

救いの神はお客様たちだった

お客様たちは本当に私たちを支えてくれた

 

私たちがいまパタヤーで暮らせているのは

これらのお客様たちのお蔭である

これには本当に心から感謝である!

ありがとうございます!

 

 

どこまでいってもバカな、ひでけんを精神的に励まし支えてくださったのもお客様たちであった。

 

一方で、パタヤーの魅力に取り付かれてしまった人々

パタヤー暮らしを夢見てしまった人々

のことを思うと、心は複雑である

 

 

いい年をした若者が

(ここでは30代、40代の日本人男性を指す)

 

昼間から酒を呑み、街をふらついて

身体を持て余しているのは

見ていてあんまり気持ちの良いものではない

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